映画「Roger Waters The Wall」を観た。

※今回のポストについては映画のネタバレを多く含みます。ご注意を。なお、この映画は、2015年9月29日に全世界一斉同時に一回限りの公開ではありますが、Blu-ray/DVD化の準備も進められているという報道もあります。







久々の投稿になってしまい申し訳ありません。今回は、昨日9/29に全世界一斉同時にたった一度だけの一般公開がなされた映画、「Roger Waters The Wall」の感想になります。


まず、結論から先に言ってしまいましょう。

ここまで胸が打ち震えた凄い映画は久々に見ました!圧巻であり絶賛しか僕の中にはありません。もちろんそれはPink FloydやRoger Watersのことが大大大好きな自分の贔屓も少なからずありますが、それを差し引いても手放しで名作!と大絶賛する自信があります。

では、今回のこの映画のポイントを以下に先に列挙したほうが話を進めやすいので先に挙げておきます。


①Pink Floydの1979年の名作「The Wall」のライブパフォーマンスを"ほぼフル"で堪能することが出来る(同作のライブ映像はオフィシャル上では「The Happiest Days Of Our Lives」などのごく一部の曲しか公式映像化されていない)(=コンサートフィルム)


②反戦色の非常に強い映画であること(=反戦映画)


③ロジャー個人がなぜあそこまで一部のロックファンに煙たがられるほどに固執的で政治的な活動を続けるのかが分かる、これまで知られていなかった事も含めた彼個人の過去の掘り下げ(=ロジャー個人のドキュメントムービー)


④The Wall完全再現世界ツアーで使用された、超巨大で圧倒的な「壁」のパフォーマンスとそれに照射される最新鋭のIT技術を駆使したCG映像効果を映画館のスクリーンで楽しめること / 映画そのものが4Kの画質で収録されたこと / 3年間かけて世界中をめぐった同ツアーは通算5億ドルの興行収入を記録し、超絶的大成功を収めたがそのツアーの熱狂ぶりを存分に体感することが出来る(=エンターテインメント)



それではまず①から。

Pink Floydが1979年にリリースした、ロック史に燦然と輝く「The Wall」という作品は、主人公ピンクの心理的なトラウマや成功、転落などを1つのストーリーに基づいて奏でることで、現代社会や学校教育における閉塞感や疎外感(=「壁」)を描いた、いわゆる「ロックオペラ」的位置づけをされる作品です。このコンセプトからしてもかなり特徴的ではあるのですが、実際に1980年と81年に同作の世界ツアーをやった際には、Pink Floydのライブの代名詞とも言える映像効果を駆使したライブパフォーマンスはもちろんのこと、巨大な人形がいくつもライブ中に登場するわ、飛行機がステージに突っ込んで火の手が上がるパフォーマンスはあるわ、どデカい花火が要所要所で舞い上がるわなどの演出や、実際にライブ中にステージにブロックを重ねて巨大な壁を築いていくことでライブ中盤には完全に観客からバンドが見えなくなり、ライブ終盤のクライマックスで一気にその壁を崩壊させるパフォーマンスが非常に話題になりました。

しかし、この世界ツアー、ブートレグでは映像としてみることが出来るのですが、公式にはほとんどオフィシャルリリースがされていません。フロイドファンでなくともこのツアーの凄さは「ロックコンサートの概念を覆した」と語られることがあるほどなので、この作品のライブ映像がリリースされることは、ロック業界全体にとっても非常に重要なことなのですが、ツアーから25年ほどたった現在もほとんど映像がオフィシャルリリースがされていない(一部の曲は断片的に公式化されている)のは悩ましい限りです。

そんな同作なのですが、Pink Floyd名義ではなく、このバンドの中心人物で同作の指揮を執ったロジャー・ウォーターズのソロ活動において過去にライブ映像がオフィシャルリリースされたことがあります。そう、黒歴史(と自分は思っています笑)といえる「The Wall Live In Berlin」です。ベルリンの壁崩壊を記念してそのすぐ翌年の1990年に、壁が建てられていたポツダム広場に20万人もの観客を動員して開催されたものなのですが、ゲストミュージシャンの多さや時代を感じさせる演出やサウンドのダサさなども相まって、壁を構築するなどの演出はやっているのですがどうも好きになれません。

そんな中、2010年〜2013年にかけてロジャーが再度同作の完全再現ツアーを最先端のIT技術を駆使した演出やパフォーマンスと共に世界ツアーに繰り出したのが今回の映画で収録されているライブ映像になります。10mを超える高さの壁に照射される様々な映像効果は、最新のデジタル技術によって、見るものを圧倒するCGと共に演奏に寸分たがわぬ同期を見せています。そして演奏陣もロジャーのソロライブではお馴染みのメンバーが多数揃っていることもあり盤石の演奏を聴かせてくれます。

何より嬉しいのは、アルバム収録曲全曲の演奏を収録していること。数曲演奏してはロジャー個人の巡礼の旅の模様や思想にふけるシーンに移るのですが、切り替えも見事で、「ライブを中断された」と感じることは一切ありませんでした。

ちなみに"ほぼフルで"と書いたのは、一部の曲で尺の都合上か編集がなされており短くなっているものがあるためです。例えば「Another Brick In The Wall Part Ⅱ」の二回目のギターソロや「Comfortably Numb」の曲前のSEなどがカットされていました。これをどう捉えるかは観る人によって変わってくるのですが、編集の仕方が非常に丁寧で、マニアの自分であってもここに物足りなさや不満は感じませんでした。大きくバッサリカットというのはないので安心してください。

ロジャー本人の頑張りも相当にすごいです。巨大なステージでは一人でいくつもの役柄を演じながら歌い、観客を煽り、楽器を弾き・・・と、とても72歳のおじいちゃんとは思えません。全ての曲を苦悶の表情浮かべることなくオリジナルキーで歌い、役柄に取り憑かれたかのような熱演を見せてくれます。歌も若い時よりも圧倒的に上手く表現力も上がりましたね。



次に②ですが、③と一緒にお話したほうが早いでしょう。これはコンサートフィルムであると同時に、彼個人の旅の模様や過去の経験を元にした、れっきとした強烈な反戦映画です。ロジャー個人の過去の経験を元に、彼がなぜあそこまで反戦にこだわるのかが鮮明に分かります。映画では、彼の父と祖父が、第一次大戦と第二次大戦で戦死した土地を彼が生まれて初めて訪れる巡礼の旅が丁寧に描かれているのですが、行く先々で車に同行する同年代の仲間が、戦争でいかに辛い経験をしたかを語るシーンや、戦時中にロジャーの母に送られた、夫の戦死を告げる役所からの手紙をロジャーが車中で読んで涙を流すシーン、映画の終盤で父の戦死したイタリアのアンツィオという土地にとうとう生まれて初めて辿り着き、そこの慰霊碑の中に父の名前を見つけ泣くシーンなど、印象的な場面は幾つもありました。

そして、今さらっと書きましたが、ロジャーの祖父も戦死していたというのは今まで知らなかった事実でした。どうやらロジャーの父が2歳の時に第一次大戦で戦死したのこと。つまり、ウォーターズ一族は家族二代にわたって、自分が乳児の頃に父親を亡くしているんですね。しかも戦争によって。この経験からロジャーは、国家のような「強い権力」は、現場(=戦場)で起こっている真実を無視し、人々を「騙す」ことによって、一人一人の死や殺害を肯定化したり、逆に単なる1つのBrickとして軽く扱ったりするのだ、という思想に結びついているようです。だからこそ、ロジャーが支持する世界の人々は、マイノリティであったり、虐げられる者であったり、途上国の一般民衆であったり、被侵略国の国民であったりと、常に社会的権力構造における弱者であります。「Thin Ice」など、ライブの演奏曲中に使用される映像効果の中身においてもそれは明確です。

彼にとっては、資本主義だろうと共産主義だろうと、民主主義だろうと全体主義だろうと、権力的弱者を虐げ、殺害し、社会がそれを見過ごしている状況がとにかく実体験の辛さから許せないのだと思います。そしてその主張の表現手段として、彼にとって音楽はたんなる「手段」でしかないのではないかとも感じました。もちろんあのPink Floydの中心人物ですし、歴史的な名曲を数多く創り出してきた天才ではありますが、映画での彼の考えや旅の模様を見ていると、音楽とライブは単に現状における最適な自己表現手段の武器でしかなく、それ以上でもそれ以下でもないという風な構図で捉えているように感じられました。とにかくこの映画を観ると、今まで戦争やテロなどによって意味もなく殺されてきたにもかかわらず、それぞれが単なる1つのBrickであるがごとく軽視され、忘れられてきた人々の存在というのを否応なしに観る者に思い起こさせます。そして、「こういった人々が世界中に無数にいる中で目を背け続けていいのか?」ということを強烈に観る者に突きつけるのです。

ちなみにこういった物事を映画を通して感じた時に思ったのは、「あ、これはギルモアいらないわ」ということでした。どういう事かと言うと、Pink Floydの中心人物の一人であり、最終的に長い間仲違いをすることになってしまった(今は既に仲直りした模様)David Gilmourが、2011年の同ツアーのロンドン公演にサプライズゲストで登場し、Comfortably Numbなどで歌と演奏を披露した模様がYoutubeに公式に公開されているのですが、このテイクは映画では使われていません。フロイドファンの多くにとって、盟友でありながらも仲違いを長年にわたってしていた彼らが一緒に演奏したということは大きな意味があるのですが、もしこのテイクを使ってしまうと、ロジャーが映画を通して伝えたかったパーソナルな思想や普遍的な現代社会の課題とは別の「邪念」が観ているファンの心のなかに生まれてしまうわけです。ライブ映像を観ていると分かりますが、Pink Floyd時代と同じ曲と歌詞で演奏しているにもかかわらず、より昇華されたものに進化していることが分かります。なので、ギルモアの参加テイクを使ってファンのフロイドを懐古する想いを増長させることは全く意味のない行為なのです。これは映画を観てみないと伝わりきらないところがあるとは思います。まぁそれにギルモア、ギターソロ結構ミスっていて、演奏の質的にうーん・・・といったテイクでもありましたし・・・苦笑



では最後に④について。

①でも書きましたが、やはりライブシーンの模様は本当に圧巻の一言です。複数公演からピックアップして繋げてあるのですが、それでも一体何十台のカメラで撮影したのかと思うほどアングルが細かく、まるでライブ会場にそのまま自分がいるかのような迫力があります。しかも4Kで元々撮影されていますから画質も文句ないわけです。そんな中で、10mを越す巨大な壁に最新の超ド迫力のCGがフルに投影されている模様を目にするわけですから、感動しないはずがありません。印象的だったのがComfortably Numbの終盤で、ロジャーが壁をドンドンと叩くと、その場所から、暗くて灰色の壁にヒビが入り、虹色の世界が現れるという、CGを用いた感動的な映像効果があるのですが、それを現場で体感した、ライブ会場の最前列にいた観客の女の子が号泣するというシーンが劇中にあり、あれは本当に泣けますね。その他の観客も皆ガッツポーズをして雄叫びをあげていました。あの演出によって、「閉塞感や束縛からの解放」といったものが観る者のハートに深く刺さるわけです。もちろん全曲が終わった時にステージ上に実際に築かれた壁が次々と崩落して崩れていくシーンでも、ライブ会場の観客の盛り上がりは最高潮に達しています。エンターテインメントムービーとしてもここまでの迫力と熱狂を伝えてくれるものはなかなかありません。



長くなりましたが、とりあえずこの映画は本当に名作です。2時間12分という尺の中に「反戦」「ライブ映像」「ロジャー個人のドキュメント」「エンターテインメント」の全ての要素を破綻なく、かつ過不足なく同居させてみせたのは見事としか言いようがありません。世界同時に一回限りの上映とのことでしたが、希望が多数あれば再上映もあり得るとの情報もありますし、すでにBlu-rayやDVD化も検討されているようですので、決してフロイドやロジャー・ウォーターズファンでなくても観たほうが良いです。楽しめますし考えさせられます。

Pink Floyd時代、「The Wall」というアルバムは極めてロジャーの個人的な思想に寄ったパーソナルな作品でありました。もちろん今回のツアーでもその影響は色濃く残っています。しかし同時に今回最前面に押し出された、戦争やテロ、権力者の横暴によってもたらされる様々な被害に対する徹底的な反抗姿勢といったものは、現代社会において極めて普遍的な価値を持ったものです。パーソナルかつユニヴァーサル、この両者のバランスを巧みに昇華させることによって、「The Wall」という作品は、世界ツアーと映画化を経て新たな形へと進化を遂げたということが強く感じられました。

これを観てしまうと、今現在ギルモアがやっている世界ツアーやソロアルバムのサイン作などが極めて陳腐に感じられてしまうという悲しいところはあるのですが、とにかくこの映画はオススメです。コンサート映画および反戦映画の領域に新たな金字塔を打ち立てたと言っても過言ではないでしょう!!!!!


P.S. 今回の公開では、日本では全国でも4つの映画館でしか公開されなかったのですが、自分が行った板橋イオンシネマでは、この映画を見る人だけに、入り口でロジャーのサイン入り(もちろん印刷)でメッセージが書かれたプリントが渡されました(下記写真参照)。また本編開始前のCMなどは一切なく、上映前には、担当の方がスクリーン前に登場し、いかにこの映画が革新的なものであるかを数分語られてから上映がスタートするという、なんとも特別感を感じさせるプログラムでした。なお、本国イギリスなどでは本編終了後に上映されたロジャーのインタビューの模様(約19分)は、日本ではカットされ上映されませんでした。


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